チェコの宝箱

エッセイ

「チェコ」と聞いて何を思い浮かべますか?

若い人には、人間機関車と言われたランナー「ザトペック」や、東京オリンピックで金メダルに輝いた体操選手「チャースラフスカー」の名前はピンとこないかもしれません。でも、“ロボット”という言葉を作ったチェコの作家「チャペック」の名は、日本でもすっかり定着したようです。

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世界遺産に登録されているプラハ

最近では、「チェコアニメ映画祭」が各地で開かれ、テレビではチェコの世界遺産が紹介されるなど、日本でもチェコの文化や歴史に触れる機会がぐっと増えました。「ウィーン、プラハ、ブダペスト三都物語」と銘打つ旅行会社のパンフには、冬の時代の暗い影はなく、古都プラハの美しさのみが強調されています。

私は、70年代と80年代の約5年間を、社会主義時代のチェコスロヴァキアで過ごし、地元の人にとても大事にされました。思い出の多いチェコは今でも私にとって、もうひとつの故郷であり、子どもの頃に出合った、素晴らしいチェコの絵本やアニメーションの数々が忘れられません。日本でまだほとんど知られていないチェコの映画。クラシック音楽や舞台。私にできることは、翻訳や通訳、エッセイを通じて、小さい国ながらも豊かな文化を育んできたチェコについて、少しずつでも広めていくということです。

日本に入って来るチェコの情報がまだまだ少ないのが現実ですが、2005年に“日本語でよめるはじめてのチェコ総合情報誌「CUKR」(ツックル)が創刊されました。「CUKR」とは、お砂糖、という意味です。創刊号の特集は、「プラハ、一歩先へ」。芸能、スポーツ、料理レシピ、チェコ語習得、と幅広いテーマを扱っています。

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2005年に創刊した「CUKR」。

私は創刊号に「クルテクともぐらくんとトッピーと」というタイトルのインタビュー記事を寄せています。ズデネック・ミレルさんの「もぐらくんの絵本」を翻訳しているうちに、「もぐらくん」は、日本に入ってきた時代と、絵本かアニメーションかによって愛称が変わっていくことに気がついたからです。

創刊2号の特集は「チェコってなんでアニメなの?」。日本で上映されるアニメーションの紹介と、映画監督シュヴァンクマイエル氏へのインタビューで構成されています。
シュヴァンクマイエル監督といえば、「対話の可能性」などのオブジェを使った短編集や「アリス」「オテサーネク」などの映画で少しずつ日本でも知られるようになりました。一方で、妻のエヴァとチェコのアヴァンギャルド芸術の伝統を受けつぎ、創作を続けてきたという側面はあまり知られていません。

2005年、そのシュヴァンクマイエルの作品を多角的に紹介する待望の展覧会が開かれました。「造形と映像の魔術師 シュヴァンクマイエル展 幻想の古都プラハから」。神奈川県立近代美術館、葉山を皮切りに、2006年夏まで巡回しました。

表現の制約のあった冷戦時代のチェコで、妻と制作を続けたシュヴァンクマイエルの足跡をたどることは、チェコの歴史や文化をさらに深く理解することにつながると想います。

※このエッセイは新潟市民映画館「月刊シネウインド」(2005年8月〜2006年6月)に連載のエッセイ「チェコの宝箱」に加筆したものです。